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2019年2月 5日 (火)

中継ぎ畳表

登録文化財、山本勝之助商店・山本家

これは三階の畳

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真ん中あたりの畳の目が長手方向に周囲とちょっと違うように見えるのは、おそらく中継ぎ畳表を使っているから。

「中継ぎ畳表」は今では滅多に使われることは無い。たとえば京都迎賓館とか。

生産するところも限定され編む機械も今はもう1台しかないという話も聞いた。

海南市内では温山荘はこの表を使っている。

(参考までに⇒山口県の畳屋さんのサイト

トコは藁製手縫い。 

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糸は麻。

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取っ手? 持ち手?(あらためて考えると・・・なんていうんやろ?)は棕櫚

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下に敷かれた新聞は昭和36(1961)年8月21日付。

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甲子園夏の大会の優勝校は浪商。

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決勝で浪商に0-1で敗れた桐蔭とは大阪桐蔭でも桐蔭学園でもなく、和歌山県で一番の進学校、旧和歌山中学校の和歌山県立桐蔭高校。

縁は幅が普通一寸くらいあるが、ここは七分(21mm)程度。

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畳屋さんが言うには、昭和36年に表替えした際に取り付けた縁で、幅はその時の畳屋さんのやりかたではないか?とのこと。

側面↓  元々はこんな鮮やかな色だったんやねぇ!

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一階座敷は既に一般的な畳表に替えられていた。 

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トコはこちらも100年以上前のままかも。

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この↑鳥居と家らしき絵?は何?

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おそらく同じく中継ぎ畳表を使ってると思しきはなれの隠居の座敷は下に昭和39年の新聞が敷かれている。

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昭和39年と言えば・・・前回の東京オリンピック、阪神タイガース優勝、そして地元の海南高校が2014年の21世紀枠の50年前に最後に春の甲子園に出場した年ですねぇ。

もう一つ言うなら・・・三菱重工がシルバーピジョンを生産中止、デボネアがデビューした年でもある。(それがどうした?

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今は名前も途絶えてしまったブルーバード。当時の410はどんな新記録を樹立したんだろう? 

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