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2011年9月

2011年9月30日 (金)

熊野灘の日の出

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新宮の被害調査の我々の宿は、申し訳ないけど勝浦の某大型ホテルが用意されてました。

観光客も大幅に減ってるから、経済対策の意味もあるんでしょうか?

街から港を挟んだ向かい側の、半島の山全体がそのホテルっていう感じ。

進入路のトンネルがその山の中で十字に分かれていたりして、サンダーバードやウルトラマンの地球防衛隊(?)、はたまた世界征服をもくろむ組織の秘密基地を思わせる(ちょっと大げさですが)巨大施設。

泊まった部屋はほとんど真東に向いていて、その名も日昇館(だったかな)。翌朝太陽が水平線から頭(夕方にはお尻?)を出す瞬間を見ることができました。 

西海岸の山間に暮らす身には、夜明けに東の海を見ているということ自体が少ない。

秋分の日の翌日です。

P1320855 まだ夜明けまで30分くらい

P1320866_2 もう出ます

P1320869 出ました 

P1320876 出てしまいました。 『』の状態です。

見えてるのは本当は8分ほど前の太陽なんでしょうが。

*

これって珍しいことではないと思ってましたが、よく晴れていても水平線あたりに雲がかかってたりすることが多く、なかなかこの瞬間は見られないそうです。知らなんだ。

観光気分やないか!と批判されそうですねぇ。 なんにでも興味持って感動するのはいいことだと思ってこらえてください m(_"_)m  

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2011年9月29日 (木)

新宮へ

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先日のことです。建築士会から水害の被害建物調査のため新宮へ行ってきました。

ボランティアではありません。費用は出ると聞いてます。

(と言うてもなにも引け目・負い目など感じるべきことではありませんけど)

        *

初日は新宮市街。

あの世界遺産の樹を伐ったとかで話題になった森の近くです。

P1320774 横でカメラ構えるのは某放送協会のクルー。

夜のローカルのニュースで放映されてました。tvsweat01

この調査書作成のためのマニュアルはページ数がかなりある。それを短時間の説明会に出ただけで正確に早くこなせるかというと、なかなかそんなわけにはいかん。 (作った人たちは優秀なので簡単に出来るんでしょう)

かと言ってテレビカメラの前で「ああやない、こうやない」などと頼りないことも言うてられん。

市の担当者はちょっと緊張していたようです。

        *

翌日は和歌山県の飛び地。新宮市で最も中心地から遠い地域。

普段でも時間かかるところ、途中の国道が通行不能のため、三重県側に大きく迂回を余儀なくされてるからさらに時間がかかる。

やっと着いた被災地 元々水に浸からないよう高いところに家を建ててますが、

P1320895 今回は水色の線の辺りまで水が来たようです。 

他所を担当していた仲間の建築士さんの知り合いが、この隣(と言ってもちょっと離れてるけど)の地区に住んでいて、ブログにその様子をアップされてます。

初日の業務終了後、同行者の車に乗せてもらって宿泊地の勝浦への途中、那智の滝まで行ってきましたが、大きな丸い石がゴロゴロ転がっていて水害の状況がかなり違います。 

あの「三菱の名車」オーナーの家があったと思しき集落を通る際、簡略で申し訳ないが車の中から手を合わせました。

        *

紀伊半島各地の山崩れや土砂災害、林業が疲弊してることが被害を大きくする要因の一つになっていないか気になります。

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2011年9月28日 (水)

便利か不便か

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もうすぐ我が市の中心部の国道沿いに、大型店舗が完成する。

日本のどこにでもある風景を、遅ればせながら獲得することになる。

P1320121 P1320354

個人的にはあまりうれしくない。混雑の予感。業務に支障をきたすのではないか?

勝手なことを言わせてもらうと、「よそになんぼでもある風景。どこがいいのかわからん。」

まぁ他所にあるものが自分ところに無いのが不便、ということもあるけれど。

これがしばらくの間繁盛して、市内周辺部の店舗の客が減少して閉店、とならないことを願いたいsweat02  

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2011年9月26日 (月)

郡山-街並みなど

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大和民俗公園の後は、郡山の市街地へ。

この街をこんなふうに歩くのは3回目です。

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近鉄郡山駅近くにある建物の屋根にこんな桟瓦があった。

P1320663 P1320664

セメント瓦では似た形はあるけど、これはどうも普通の粘土のいぶし瓦に見える。

海南市阪井あたりで似たような瓦の建物が一軒あるが、他では知らない。

どなたかこの瓦についてのウンチクをお聞かせ願いたい。

まぁ知ったから仕事に役立つとか、なにか得になることなど全然ないけれど・・・。

        *

箱本館「紺屋」

P1320669 藍染体験ができるそうです。またそのうちに。

        *

奈良三大遊郭のうち、二箇所が郡山にあります。

洞泉寺町の元遊郭、旧川本邸。大正11年築と書いてありました。 

P1320684 前来た時は外壁など傷んでましたが、修繕されてます。

日本でheart=Loveということになったのはいつ頃からなのか。この建物の窓はそういう意味があったのかどうか?

たまたま中を見ることができました。

P1320683 P1320678 玄関と待合いの室。  

P1320677 たしか帳場と聞きました。ここで差配してたんですね。

P1320676 こんな硝子が使われてます。

こちらは東岡町の旧遊郭街。洞泉寺町より廃墟に近い感がある。

P1320698 P1320697

P1320701 こんな公衆電話も今では“過去”を感じさせる小道具にも見える。

かつてこの街が色と欲と哀しい女性史とかをすべて飲み込んでにぎわいを見せていたとは思えないほど、静かで鄙びた佇まいです。

        *

その他、街角の風景など

*

通りに面した比較的新しい住宅に鍾馗さん。

P1320689 寺院の正面という、云わば定位置。

P1320692 玄関上は素焼きの鍾馗さん。

        *

P1320705 普通のお宅の門柱の上。

にこやかなご主人によると、前からあったとのこと。

P1320707 「べんりダナー」。いたってわかりやすいネーミング。

P1320710 P1320711 モルタル鏝絵の金魚。

P1320715 塀の腰板に棕櫚。床柱は見たことがあるけど。

P1320716 「日本植木情報センター」。全国組織でしょうか?

 

P1320720 P1320722 郡山高校。

見様によっては近代建築? コウモリダコかゴアの宇宙船を連想してしまった。

単に予算が付かなくて建て直せない汚いだけの建物かもしれませんが・・・ 

P1320719 郡山城跡。

ここはかつて大和+和泉+紀伊の三国、百万石を治めるお城でした。

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2011年9月25日 (日)

郡山-大和民俗公園

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前回訪れたのは5年前。別の勉強会の講座にて見学。

その時は都合で早退。 見ずに帰った吉野エリアの民家。

旧木村家  江戸時代後期の住宅らしい。

P1320617 P1320599

右の画像は納屋。先日和歌山県の飛び地へ行った時、道沿いに似たような形のものをいくつも見かけた。

P1320609 主屋の脇に置かれたディスプレイの(?)薪からは粉が出てました。虫が入ってるんでしょう。

これも同じく吉野エリアにある旧前坊家

P1320624 家の中の土間は斜面になってます。

どこかチベットの奥地とかヒマラヤの民家のイメージとつながる雰囲気があるような印象を受けた。 「どこか」とはどこ?と聞かれても返答に困りますけど・・・sweat02

宇陀・東山エリアの旧松井家(だったか?)

P1320637 茅葺屋根に開いた煙出しの内部は、

P1320639 土が塗られた煙突状。

P1320625 梁の曲がりがわかりやすいように撮ってみました。

建築関係ではないかたが「なぜこんな木を使うのか?」と疑問を持たれたようです。

これはわざわざ曲がった木を使ってるのではなく、今の家のほうが、わざわざ角材に加工した木を使ってるのではないかな?

「それは間違いや!」という方、ご指摘のコメントをお寄せください (-_-)ゞ゛

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2011年9月23日 (金)

誰?

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仕事中、車で信号待ち。ふと見上げると、

P1320740

P1320741 石材店の屋上です。

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急遽出張決定。二日間。

準備に忙しいので、今日はまぁこんなところで sweat01  

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2011年9月22日 (木)

水害

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思いもよらない出来事は誰の身にも起こり得ます。

名古屋で仲間のデボネアが水害で流されたとのことです。

彼にとっては家族の次に思い入れのある存在ではなかったのか、と思います。

それほど手間も費用も愛情も入れ込んでましたから。

つい先日、和歌山の大雨を心配してメールくれたりしてたのに。

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2011年9月21日 (水)

郡山-矢田坐久志玉比古神社

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「やたにいますくしたまひこじんじゃ」です。(平仮名ばっかりっていうのもまた読みにくいもんです)

P1320561 楼門があります。

正面にデンと掲げられているのは、源田実が奉納した旧陸軍九一式戦闘機のプロペラ。

中島飛行機ですね。スバル360のご先祖。いやスバル360自体が今やもうご先祖様かsign02(^人^)

祭神の櫛玉饒速日神(くしたまにぎはやひのかみ)が天磐船(あまのいわふね)に乗って空から降りてきたということで、航空関係の方々の崇敬を集めるようになりました。

鬼瓦が据えられているなど、どうも神社らしくないな~などと思って見ていましたが、

宮司さん(?)の解説によると、江戸時代は 矢田寺ともう一つのお寺(忘れたsweat01)の僧侶が交代で神事を司っており、この楼門はどこかの寺で使われていた材を使って建てられたのではないか、とのことです。

神社庁から派遣されてきたたという宮司さんは、どうもこの楼門の彫物の由来などには興味が無さそうな印象を受けました。

江戸時代は神社は寺より立場が低かったと聞いたことがある。明治政府の政策により立場は逆転というより、寺はひどく困難な状況に立たされることになった。

住職や神職の話を聞いてると、いまだにどちらにもわだかまりがあるように感じることが多々あります。

P1320581 境内の参道

真ん中は神様が通るところなので、お参りする時は両端を歩くものだとか。聞いたことがあるような無いような・・・。

P1320583 狛犬の足に紐。

足留めの願掛けだそうで、これも聞いたことがあるような・・・1回くらい聞いても記憶の回路になかなか保存されない。もしくは頭の中のそのファイルの在り処がわからない。2回3回と聞いてやっと頭に残ったり残らなかったり。

ま、聞いたこと全部残っていてすぐにそのファイルを開くことが出来るようなら、今とは違った人生を歩んでたと思いますけど。

本殿の画像はありません。残念ながら不敬な不届き者とマムシが多いので、その近くは立ち入り禁止にされてるそうです。

        *

P1320584 神社の隣の民家

妻の換気口は、

P1320585 よく見ると「水」になってます。

小波トタンにコールタール(?)塗っても、「水」は省略できない大事なことなんです。

神社に鬼瓦があったから、もしかしたらご近所に鍾馗さんがいたかもしれませんねぇ。

        *

そこから矢田丘陵のゆるい坂を上っていった田んぼの中にあるのは、

P1320587 「伝承 邪馬台国想定地」なる碑。

知りませんでした。

日本に数ある「わが町こそ邪馬台国」という候補地(?)がここにもありました。

そういえば今は亡き(芸能界には)K岡R太郎氏が愛読したという古田武彦著「邪馬台国は無かった」っていう本をもう何年も前に古本サイトで買うたが、あれは何処にしまいこんだのやら? まだ読んでないし・・・

P1320591 その碑の周辺はこんな風景。

一見、古代から戦国時代までの大和盆地の権力者の栄枯盛衰も、すぐその丘の麓まで押し寄せてる現代の資本主義の開発・都市化の波なども我関せずと思わせるような佇まいです。

ここから丘を越えて大和民俗公園へ・・・・・。   

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2011年9月20日 (火)

郡山-あの三菱の名車

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すまいをトーク、8月度講座「大和民俗公園と城下町・大和郡山散策」へ。

集合場所の某駅近くに、あの「三菱の名車」を発見。

P1320554 P1320557

ギャランGTO

MRのようです。シリーズ中一番のホットバージョン(表現が旧い?)。

* サターンエンジン ツインカム DOHC 旧車

この状況、大事にされてるのかどうかちょっと気がかりsweat02

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2011年9月19日 (月)

判断の分かれ目は何処?

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日進市にて、福島で作られた花火の打ち上げが取り止めになったそうで。

市民20人から抗議の電話・メールがあったとか。

学校などでも一部の親の反対意見で物事が中止になったりするのはよく聞くこと。

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それなら原発を作る際に反対したらやめてくれるのか?

わが町の近所にまた風車が作られるのに、ある程度の人数がまとまって抗議したら考え直してくれるのか?

たぶんそんなことはほとんどない。

いったいその判断基準はどこに? 教えてほしい。

今回の抗議の数は20ほど。30の逆抗議があったらどうなるの?

*

日進市の花火や京都五山の送り火への抗議の電話やメールが、お上のお墨付きを得た新建材で埋め尽くし、原発の電気使用前提のエコキュートを据えた家から発信されてる、なんてことがあったら・・・それは悪い冗談ですcoldsweats02

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2011年9月18日 (日)

吉野の街並み

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植和紙さんのある吉野町南大野地区へちょっと早い目に到着したので、時間調整のため一つ向こうの地区まで行ってみた。

P1320227 P1320230

P1320233 P1320234

P1320223 P1320225

窓から中に見える鏡は「ユニオンビール」?

これって覗き? 盗撮?sweat02  

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帰路、ちょっとだけ旧道にそれたところにある道沿いの民家の屋根に、

P1320342 P1320345 

お寺のほうを向いた鍾馗です。右はみちくさ学会のここに使われている画像の鍾馗そのものでした。

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2011年9月17日 (土)

吉野和紙

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先日、関西自然住宅推進ネットワークという会の、奈良の吉野での勉強会に参加させてもらいました。

P1320326吉野手漉和紙工房 植」さん。

原料の楮(こうぞ)の皮です。

P1320325 植さんのところで自家栽培されているものです。  

①:楮の木から剥がした黒皮のついた状態。

②:①から黒皮を剥がしたもの。

③:②を晒して不純物などを取り除いていきます。

簡単に書いてますけど、どの工程も手間がかかるし忍耐も必要とされます。

薬品などを使うと繊維が傷んで紙の強度が落ちるなどと以前お聞きしました。

これ以降の作業などはこちらに。

P1320259 P1320246

今回の和紙葉書作りの材料は、楮+杉皮+パルプ。

㎏あたりの単価は、100:10:1くらいだとかsweat01

ケナフは紙を作る過程で薬品を多く使うので、最近ではあまりエコにはならないと世間で言われてるとのこと。

P1320254 ノリウツギから抽出した液を入れます。

紙の繊維一本一本に絡まり、とろみをつけるためとのことです。

P1320262 左がこの工房の主、植氏。

P1320274 槽から上げて水を切った後、木の葉などを載せました。

その上からまた紙の繊維の入った液をかけます。

ここまでで作業は一区切り。水を切った後に乾燥させます。

        *

植さんに本来の紙漉きの仕事を少しだけ見せてもらいました。

P1320243_2 P1320282

P1320284 P1320242

ほんのさわりだけでしたが、我々のようなマネゴトではない、本職のほんまもんの作業です。

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乾燥を待つ間、吉野の木で箸などを作っている辰田製作所へ。

P1320302 P1320316

箸の材料は間伐材の端材。このまた残りは紙になりますから、無駄にはなってません。

役目を終えた箸が効率よく回収・再資源化されればさらに資源の無駄が省けるのではと思ったりします。 (店などで使われた木の箸はどうなってるのでしょうか?)

P1320319 檜は年輪と同方向、杉は直角方向に割るそうです。

P1320314 P1320300 こんなんできました。

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植氏の工房に戻って、 

P1320331 乾燥させた紙を乾燥機から剥がしてるところです。

P1320360 手漉き和紙葉書完成。

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また今度建築士会の仲間たちと来ることを検討中。

和紙を内装材に使うことについても話をお聞きできればと思ってます。

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2011年9月16日 (金)

土佐漆喰

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民家塾、今回は「左官技術の講義と土壁、漆喰塗り体験」

講師は松木憲司氏

P1320200 土佐漆喰です。

P1320172 土佐漆喰の見本塗りに水を吹きかけると、

はじいて水滴が表面に付いてます。

P1320174 こちらは一般的な漆喰。同じく水を吹きかけると、

ちょっと下に垂れてますが、吸い込みます。

P1320168 畳表のい草。隅の補強に入れます。

P1320169 とんぼ。長いほうは「尺とんぼ」。1尺あるそうです。

P1320170 P1320171 材は麻。釘は鉄製。

P1320197 とんぼが上にはねるように木摺りに打ち付けます。

下向いてると、塗るとき一々上げないといけないので余計な手間がかかるから。

この下地の木摺りは一箇所に鉄釘二本。一本の場合は反ったりします。

なぜ鉄釘かというと、鉄は少し錆びて抜けにくくなります。ステンレス釘だと木が痩せると抜ける。 錆びは漆喰の表面には出てこないとのことです。

ただし漆喰の塗り厚は15~20㎜。これだけの厚みがないと水が中に浸透する。水が入らなければ木は腐らないし釘も錆びない、ということです。

それから木摺りの材質は杉の白太(シラタ)がよろしいそうで。これも何故かというと、檜と杉赤身は油分が多くアクが出るから。

P1320214 ガラス繊維の補強ネット

これは割れがこないそうです。

P1320206 壁に土を塗りました。

初めての頃よりはだいぶましになったかな? 早さも鏝の扱いもcoldsweats01

P1320204 漆喰も。

下地がセッコウボードで平らなので、助けられてます。

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松木氏の仕事は外壁の下地に防水シートは使いません。しかしそれだと瑕疵保証がつけられない。

で、どうするかというと、施主さんを説得するんだそうです。保証会社の保証無しということを。

それが元で問題が起きたらすべて自分が背負う気構えで仕事をされてるとのことです。

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施工現場の画像では、外壁下部と瓦の取り合い部にも金属製の水切りは入れず、漆喰で猫走りを作ってました。

これが本来の納まりなんでしょうねぇ。

この前の有田の大工さんにもそんな話きいたなぁ。一旦入れた水切りを左官さんが全部外して猫走りで納めたとか。

        *

松木氏、蒼築舎のサイトはこちら

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2011年9月15日 (木)

大阪の建築力

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先週土曜日は朝も早よからドアの柿渋塗りを終えて大阪へ。

午後のきんき民家塾講義の前にこちらへ立ち寄り。

P1320134_2 P1320133 P1320135   

 「民都大阪の建築力」  於:大阪歴史博物館 特別展

今や大阪は、そこそこ大きくてちょっと個性のある一地方都市になってしまった感があります。

まだ東京に対抗できるだけの力を、文化的・経済的に持っていた時代の建築。過去の栄光ですね。

何も知らない貧乏人の目から見ればですが、現在の関西財界人や知識人の皆さんにはどの程度の知性・気概がおありなのか、いささか心配です。

ちょうど学芸員(?)らしきかたが解説をされる時間にあたり、詳しく内容を聞くことができました。 ただし途中からその解説に正直だんだん飽きてきましたがsweat02

このかたに質問してみたかったなぁ。今の知事の下ではこの先大阪の建築文化はどうなっていくと感じてるのかcoldsweats01

わが町に縁の深い岩本栄之助氏が寄贈した費用で建てられた公会堂の、コンペ応募の図(実物)なども展示されてあり、ナマ(ガラス越しですが)で見ることができました。

        *

午後、集合場所はJR長瀬。

いつものように「スルット関西」のチケット利用なので近鉄長瀬へ。

P1320150_2 駅前。

1級建築士試験を受けるためここに降りたのはかれこれ29年前。

今となってはまぁ懐かしい思い出ですが、息苦しさがちょっとだけよみがえる。

年数だけは今やそこそこのベテラン。そのわりには・・・?coldsweats01  

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2011年9月14日 (水)

柿渋染め

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Dscn0362

榀合板のフラッシュ扉に塗った柿渋の残りで、手拭を染めてみた。

正しい方法かどうかわからないけど、聞き覚えのやりかたでおおまかにcoldsweats01

Dscn0360 乾燥後、翌日撮影camera

ほんのり柿渋色に染まった状態です。

P1320358_2 橘本神社のみ一度使い洗濯して干した後camera

洗濯日干ししていない伊右衛門おまけの手拭より色が濃くなってます。

比較のため染めていない手拭も並べてみました。

洗って日光にさらすほど色が濃くなっていくようです。

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2011年9月13日 (火)

三菱の名車「ギャランGTO」

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Img_8353 Img_8359

これは先日水害で亡くなった知人の車の、2年前の画像です。

家族も一緒に命を落としてるのに、こんな時に不謹慎と思われるかたもおられるやもしれません。

しかしたかが車といえども、思いが込められた道具というか、もしかしたら相棒・同志だったかもしれません。

先日朝日新聞の社会面に彼の家族のことも含めて記事が掲載されてました。かなり大きく紙面を割いて。

その中に「・・・三菱の名車『ギャランGTO』が自慢だった、・・・」とありました。

彼の思いが注ぎ込まれた「GTO」、せめて当ブログの訪問者の皆様(多くはないけれど)に見ていただいたらどうかと思った次第で・・・

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2011年9月12日 (月)

名月

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書くこと、書いておきたいことはいくつかあるけど、とりあえず今夜はこれ。

Dscn0380

新戦力のデジカメで撮ってみました。

今まではこうはいきませんでした。

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この土日、柿渋塗り・漆喰塗り、紙漉きなどしました。

水害のこともちょっと書いておきたい。

また次回以降に pencil

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2011年9月 8日 (木)

有田の瓦

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知り合いの建材屋さん近隣の鬼瓦など。

Dscn0066 鬼。 

Dscn0064 波に千鳥。

Dscn0100 こちらの波千鳥はちょっと立体的で細かい。

Dscn0099 P1310635

波の間に飛び交う千鳥が浮び上がってます。

Dscn0108 こちらはえべっさん。

Dscn0110 Dscn0109 ZOOM

指先の爪とか鯛の鱗とか、これもまた仕事が細かい。

奈良に行けばもっと豪華で見栄えのする瓦がたくさんあるけど、ラインもシャープでなかなか「いい仕事してますね~」感があるように見える。

この辺のおいやんが言えば「ええ仕事しちゃぁらいしょ~」

Dscn0060 龍に波兎の巴瓦。

Dscn0113 こちらの倉庫は、西にオカメ。

Dscn0115 反対側の東は、波兎の巴。

このあたりは元々瓦の産地で、ここの建材屋さんも昔は瓦を製造されてました。

腕のいい職人さんがいたのでしょう。

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2011年9月 6日 (火)

水害

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虫の音が聞こえてます。穏やかな秋の夜です。

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知り合いのかたが水害で亡くなったと聞いた。奥さんも。3人のお子さんたちも全員行方不明だとか・・・。

付き合いは浅い。知り合ってから会った回数も数えるほど。しかし最近お会いしたばかりです・・・。

        *

今回亡くなられたかたたちも、つい最近までは東日本の被災者のことを気の毒になどと思っていたに違いないのに。

運命っていつどうなるか誰にもわからない。

ドラマとかだと死にそうな人は推定できたりします。ストーリーとか、俳優さんの役どころだったり。

でも主役は死にません。普通。話が終わるまでは。

だから、

名も無き自分でも自身の人生の中では主役ですから、明日死んでしまうかもしれないなどとはみんな普段考えてません。

確実に言えるのは、皆全て初めて死ぬ人ばかり、ということ。

「この前も死んだのに、またか」とか、「あ~、やっぱり死ぬと思った」っていうことは絶対に無いんです。

        *

だからどうだとか、結論・オチなどありません。

複雑な気持ちとか思いが、頭の中で浮かんで入り混じる。

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2011年9月 5日 (月)

古材手摺と古民家の建具再利用

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黒江ぬりもの館の上り框横へ手摺取り付けが完了

P1310972 こちらは先日取り付けた分(見えにくいsweat02

P1310873 「くろめ」の際に使う道具ですか?

P1310975 こちらは本日取り付け(やっぱりわかりにくいwobbly

Dscn0347 これも漆に関する道具ですが、名称は知りません

どちらも使い込まれて、文字通り漆黒の深~い光沢があります。

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2階の北側も建具を嵌めました。

昨日の記事にあったあの建具です。

東面(右側)の板戸は先日取り付け済みでした。

P1310960 P1310976

いつもの建具屋さんに調整依頼。こんな仕事多くてすみませんねぇ(人><。)

おかげさまで見栄えがよくなりました。shine

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2011年9月 4日 (日)

襖の下張り

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古い戸襖の紙をめくってみた。

この前そのまま破ってみたら剥がすのにわりとてこずったので、

建具屋さんの「あまり濡らしたら水吸って膨らんでえらいことになる」という忠告が気になりつつも、

P1310880 今回は霧吹きで湿らしておいて、

(これもわりと手間がかかる。この後は左官の刷毛で大まかに濡らした)

P1310885 P1310890 めくると、

P1310887 わりとあっさり剥がれた。

本当はもっと大雑把でもいいのだけれど、せっかくなので丁寧にめくって、下張りに使われてる紙を見てみたが、

ほとんど読めんcoldsweats01  が、

P13108882 「上山」くらいは読める。

この襖は元々上山さんのところにありました。(だからといってこの上山さんがここの家の人かどうかはわかりませんが)

P13108892 明治十六年 旧七月九日 一金弐円

P1310896 だいたいは帳簿みたいなものが多い

P1310898 「魚代」は「九?」

P1310897 「チョンガレ」って? 有田のほうの言葉?

Dscn0356 このあたりはもっと古いような・・・

Dscn0353 「天保十三年・・」 「・・蜜柑仕切・・」

Dscn0355 天保八年 「山田原組」。 「組」は江戸時代の自治組織みたいなものだったのかな?

ちなみに天保八年(1837年)はどういう年であったか、Wikipediaをちょっとクリックしてみると・・・

・大塩平八郎の乱・徳川家慶が征夷大将軍に就任・モールスが有線電信機発明

この年生まれたのが、

・板垣退助・徳川慶喜 (同い年だったんですね)

それがどうしたって言われると、べつにどうってことない。建具が古い、というだけのこと。

        *

P1310900 白い粉のようなものが出てきてるのは、

唐紙に雲母かなにかが使われてたんでしょうか?

P1310954 この板戸はぬりもの館の二階で使用予定です。

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2011年9月 3日 (土)

違和感

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専門家ではないからよくわからないが、

この状況でも、

Dscn0342 まだ「上陸のおそれがある」段階らしい。

前々から違和感あったけど、暴風雨圏にガッツリ入っていても、中心が陸上に無ければ上陸とは言わないのかな?

ということは、被害出しながら沿岸をなめるようにず~っと進んで行くと、その台風は上陸せずに遠ざかったということになるのか??

まぁそんなケースについては「上陸しなくても被害は甚大になることがある」という教訓になりますがsweat02

        *

台風接近の昨日、

居ても立ってもいられない(たぶん)人たちの集まってる所がありました。

P1310930

P1310931

この横を通り過ぎ、娘が誕生日なのでケーキ買いに洋菓子店へ。

P1310932 carを停めた前の注意書きに違和感が。

「ひときわ」の責任は負わないそうです。 

(意味は通じてます。些細なことに・・・性格悪いスミマセン coldsweats01

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